固定残業代について最高裁(2要件)+下級審(2要件)の解説

1.固定残業代を取り巻く環境

固定残業代は一時期賃金総額を大きく見せる手法として流行しましたが、一方でブラック企業と言われる会社の労務管理により負のイメージがつき、固定残業代について裁判所も厳しい視線を向けています。

今回固定残業代については、最高裁の判断基準を中心に採用し、地裁判決も部分的に取り入れ作成しました。しかし、裁判所も事例ごとに統一的な基準で固定残業の適法性を判断していないので、この規定は100%合法とは言えません。行政も裁判所も法律家も色々な解釈を出しているので、100%大丈夫という規定は中々考え辛いのが現状です。

ただし、最高裁の基準をまもり、固定残業の趣旨を労使ともに理解し運用することで紛争のリスクは低下すると考えます。

 

2. 最高裁が考える固定残業代の有効要件

① 明確区分性

② 清算の合意と実態

 

2-1 ① 明確区分性について

時間外労働に対する手当と通常の労働時間に対する賃金を区分する。

代表的に問題になるのが基本給に固定残業代を組み込むケースです。以前裁判にて基本給41万 月の総労働時間が180時間を超えると時間外労働を支払い、140時間を下回るなら基本給から賃金を控除するといった会社で、基本給41万円の内、いくらが固定残業代なのか不明ということで、明確に区分されていないと判断され固定残業は認められない判決がありました。

 

2-2 ② 清算の合意と実態 について

固定残業のメリットとして固定残業代を支払えば時間外労働の計算が省略できると考えられる時代もありましたが、現状は固定残業制を採用しても時間外労働時間は把握しないといけません。かつ、固定残業の範囲を超えて時間外労働をさせた場合は差額分の支払いが必要です。

規定例としては以下が考えられます。

支給した固定残業代が一給与計算期間内の法定割増の額に不足する場合、その不足額を支給します。

支給した固定残業代が一給与計算期間内の法定割増の額を超過する場合であっても固定残業代は減額しません。

 

上記合意を就業規則や労働契約書に落とし込むだけではなく、ある裁判例では実労働時間の清算まで行わないと固定残業代として有効でないと判断されたものもあります。実際の労務管理では時間外労働の管理は必須になります。

 

3 下級審(地裁・高裁)で問題となる論点

① 時間外労働としての性質

② 合理性(基本給と固定残業代のバランス等)

 

3-1 ① 時間外労働としての性質

これは、名称というより実態で判断されます。時間外労働の性質は、この手当てが時間外労働の対価として支払われる必要があることを意味します。時間外労働は時間外の時間に応じて支払われる手当なので、固定残業代でも〇時間の時間外があるので〇〇円支払う関係が必要です。つまり、時間外労働の時間とは無関係で固定残業代が決まるのダメという意味です。例えば時間外労働の管理もあいまいで、営業職という性質上、接待等もあるので営業手当を支払う、ついでにこの手当てに固定残業の性質を持たせようとすると場合、手当ての目的は営業職への経費補助で時間外労働の対価としての性格は有さないと判断され裁判まで流れ込むと固定残業代として認められない可能性は高いです。関西ソニー販売事件(大阪地判昭和6310.26労判53040頁)ではセールスマンの時間外労働が大体毎日1時間、一カ月合計は23時間なので、それを固定残業の単価と設定した場合、時間外労働としての性質が認められたようです。

また、北港観光バス事件(大阪地判平25.4.19 労判107637頁)では、バスの運転手に支給されていた無事故手当・職務手当が、時間外労働を行った否かに関わらず支給される、バス乗務時にだけ支給される手当とのことなので、時間外労働の対価としての性質は有しないと判断されました。

3-2 ② 合理性(基本給と固定残業代のバランス等)

例えば、総支給30万円ですが、内訳は基本給15万円、固定残業代15万円の会社もありますが、この様な場合は基本給と固定残業が同水準はおかしいとの判断より15万の固定残業代は無効になる可能性が高いです。

 

マーケティングインフォメーションコミュニティ事件(東京高判平成26.11.26)では営業手当125,000円が100時間の時間外労働に対する固定残業代であると会社の主張が認められませんでした。この事案はもともと、住宅手当や配偶者手当等のもろもろが支給されていたのに、就業規則を変更しそれら手当すべてを固定残業代とした営業手当に変更した経緯もありました。

ザ・ウインザー・ホテルインターナショナル事件(札幌高判平成24.10.19)では、95時間の時間外労働に相当する固定残業代は、公序良俗に反するので無効とも判断されています。

 

そして、この様に無効になった固定残業代は時間外労働に対する対価としての性質を全く有さず、基本給に組み込まれて割増賃金を再計算することになるので会社としては大打撃をこうむることになります。

これが固定残業の失敗事例でこうなれば目も当てられません。

 

 

基本給 20万円 固定残業代 5万円 (30時間分の時間外労働を含む)ケースの場合

で、もし、5万円が固定残業として認められないと、その5万円は基本給に組み込まれ25万円になります。そして、この25万を基準に残業代の計算をするので会社の追加支出は非常に大きくなります。

 

4-1 固定残業代の就業規則記載例

第 条 固定残業手当は、営業業務に従事する従業員に対して、その全額を第27条の時間外勤務手当の支払いに変えて支給する。

第 条 第 条に定める役職者に対して、第29条の深夜勤務手当の支払いに代えて固定深夜勤務手当を支給する。

 

第 条 固定残業手当等の金額は、想定される時間外労働・休日労働・深夜労働の時間数を勘案し、個別に決定する。

 

第 条 固定残業手当などを第27条の時間外割増賃金に充当した従業員について、固定残業手当等の額を超えて時間外割増賃金が発生した場合には、その差額を支給する。

 

管理監督者は深夜労働の規定は除外されません。もし、深夜時間帯に就労可能性が有るならば固定残業代として検討するのも一つです。

 

4-2 雇用契約書への記載例

2 諸手当の額又は計算方法

イ(           )

ロ( 固定残業代(営業手当) 40,000円 /計算方法: 時間分の時間外労働

固定残業代は時間外割増賃金として支給します。

(時間外労働  時間相当)

支給した固定残業代が一給与計算期間内の法定割増の額に不足する場合、その不足額を支給します。

支給した固定残業代が一給与計算期間内の法定割増の額を超過する場合であっても固定残業代は減額しません。

 

3 所定時間外、休日又は深夜労働に対して支払われる割増賃金率

イ 時間外割増賃金 : 法定外の労働時間に対して  25%

ロ 法定休日割増賃金: 法定休日の労働時間に対して 35%

ハ 深夜割増賃金  : 深夜時間(22時から翌5時)の労働時間に対して 25%

二 所定労働時間を超える上記以外の労働時間に対して:通常の賃金を支払います。

 

5 最後に

最高裁は固定残業に対して① 明確区分性 ② 清算の合意と実態は求めていますので、そこは外さないようにすべきです。下級審レベルの① 時間外労働としての性質に関する部分で、実態に合わない手当(あまり時間外労働が無いのに固定残業代を支払う件)については、行政指導の対象などにはならないと思います。ここが論点になるのは労使紛争の場合です。

いろいろ長々書きましたが、上記規定は合法性が高いので、これで進めて頂ければと思います。固定残業代より営業手当の表記でいきたいならそれでも良いと思います。ただ、その場合、営業手当は、固定残業代として支給し○○時間の時間外労働手当を含むと記載してください。